お金を溜めてフランスに行けるか
 kiriがフランスに行ってしまった。
 異人さんのたくさんいるフランスにパスポートを取って行ってしまったのです。
 日本に残されたわたくしiwaは、kiriがフランスに旅立ってしまって以来、抜け殻のような毎日を過ごしていました。
 ひとり酒場で「横浜たそがれ」を唄い、「あの人は行って行ってしまった♪」のところで涙を流していました。
 見かねた四十代のママから「好きな女の人が横浜にでも行ったの?」と慰められれば、「横浜ならいつでも行けるからいいよ。フレンチに行ってしまったんだよ」と飲めない焼酎を飲み干していました。
 
 そんなぼくに渇を入れるべくやってきたのは、学生時代の文芸部の先輩・W女史でした。
 当時、ルックスで売れる純文学作家志望だったぼくは、同じくルックスで売っているW女史とは大変気があい、三度ほど性交渉をこなした仲でした。
 その女史も三十路を過ぎ、子供を二人抱える専業主婦になっていました。もちろん父親はぼくではありません。
 女史はどこで聞いたのか、ぼくが鬱になっている情報をキャッチすると、電話をかけてきました。
「iwaくんが元気がないともっぱらの噂なんだけど」
「そうなんです。相棒がフレンチに行ってしまったんです。水谷豊はテレビで相棒を連れていますが、ぼくの相棒は海の向こうの異人さんの国へ行ってしまったんです」
 ぼくは思いの丈をぶちまけました。
「なるほどね。じゃあ、iwaくんもフレンチに行けばいいじゃない」
 女史は軽く言いました。
 ぼくは反論します。
「簡単にそんなこと言わないで下さい。だいたい、どこにそんなお金があるんですか!」
 すると女史は、十秒ほど間を挟んで自信を持った声で言いました。
「それがね、がんばればお金が溜まる方法があるのよ」
「なんですか、それは?」
 性交渉まで持った仲ですから、ぼくは女史が、ぼくのことを真剣に心配してくれているのだと思いました。
「明日にでもファミレスで話さない?」
 女史がそう言ってくれたから、ぼくは女史に会いに行きました。
 仕事を持っているぼくは夜にしか時間が取れません。
 女史は子供を二人も抱えているのに、わざわざ子供を実家に預けて、夜八時に時間を作ってくれました。
 ぼくはその女史の気持ちに深く感謝し、何か希望があるかもしれないと足を運びました。

 
そして
ぼくはアムウェイの会員になりました。

 アムウェイとは簡単にいえば「すばらしい製品を他の人に売ることによって自分で自分の未来を築く」ものです。
 テレビで洗剤や歯磨き粉とかいろいろCMしていますが、アムウェイの商品はCMしません。
 普通の商品は、営業マンが問屋を通し小売店に並べて売りますが、アムウェイの商品は小売店では買えません。
 アムウェイの商品は、「商品が本当にすばらしいと思ったユーザー自らが知人に売る」というシステムで販売されます。
 そして、CMや営業や問屋などにかかる経費一切を、すばらしいと思って友人に紹介した本人に還元しようというビジネスモデルなのです。
 しかも、ぼく本人が買っても、購入した金額は取り引き額として換算されボーナスがもらえます。
 つまり、「すばらしい商品を自分で買って使っても」お金がもらえ、「すばらしい商品を友達に買ってもらっても」お金がもらえる仕組みなのです。
 とりあえず、そういうわけで商品を買ってみました。
 まず買ったのは、ディッシュドロップ1L(DC1380-/PV760-)とハウスクリーナー1L(DC1030-/PV570-)です。
 ディッシュドロップは台所用洗剤ですね。1Lで1380円ですが、この洗剤は水で薄めて使うので、通常の使用なら約16本分の480mlの洗剤が作れます。つまり、スーパーなんかで売っている市販の洗剤が仮に480mlが300円していると考えれば、普通なら4800円かかるところを、ディッシュドロップなら1380円+水道代でまかなえて大変経済的なのです。
 ハウスクリーナーは、床から陶器からプラスティックなど家のお掃除に力を発揮する家具用合成洗剤です。拭き跡が残らない、二度拭きの手間のかからない洗剤なので、ぼくは車の窓なんかもこれで洗っています。こちらは1lで、500mlの溶液が約400本作れるので、仮に市販のガラスクリーナーが一本300円で売られているとすれば、普通なら12000円かかるものが、1030円+水道代でまかなえて大変経済的なのです。

 洗剤の次は練りハミガキ(DC430-/PV240-)とマウスウオッシュ(DC1470-/PV810-)を買いました。
 練りハミガキは、200g入りで430円。サイズの割にかなり安いです。
 マウスウォッシュは、これも水で薄めて使うタイプで、市販の350mlマウスウォッシュに換算すると、これ1ビン(60ml)で約11本分に相当します。市販されているマウスウぉッシュが仮に350mlが400円だとすれば、4400円かかる計算になりますが、これがアムウェイならば1470円+水道代でまかなえてお得なのです。

 
 お得な商品がたくさん買えたので、ぼくは計算をはじめました。

 出費
 ・ディップドロップ @1380-
 ・ハウスクリーナー @1030-
 ・練り歯磨き @430-
 ・マウスウォッシュ @1470-
 ・会費  @8400-

 以上、12710円の出費で、わたしは約21200円ぐらいの見込みの出費を押さえることができたのです。
 単純に引いて8490円の純利益です。
 ほくほくと嬉しくなって、このままの調子で行けばすぐにフレンチでkiriに会えるんじゃないかと思ってました。
 そんな折の12月も半ば、恩人のW女史から電話を頂きました。
「今夜、家に来ない?」
「やらせてくれるんですか?」
「バカ! 仕事の話だよ」
「なーんだ」
「なんだじゃないでしょ。過去のことはわたしも家庭があるから、なかったことにしなさい」
「青春の思い出なんですけど」
「わたしにとっては汚点だよ。それでね、ここからが君のがんばりどころなのね。今夜、うちに来なさい」
「ご主人は?」
「もちろんいるよ」
「えー」
 とか言いながらも、わたしは女史の家に足を運びました。
 ガタイの良い旦那さんが笑顔で迎えてくれて、ぼくは女史に手を出すのはやめようと思いました。
 女史はわたしの過去を引き合いに語りだしました。
「iwaくんはね、はじめは勢いがいいけれど、すぐに尻つぼみになって頭打ちになるでしょ。弱冠二十歳でリトルモアの佳作にひっかかったときも、それで終わり。文学界新人賞も一次まではさっさと通ったけど、そこで終わり。九州芸術祭は去年は県の三席まで行ったのに、今年は佳作にすら引っかからなかったんでしょ。違う?」
 なんだかぼくは説教されている気分になって、卑屈に頷きました。
「おっしゃる通りで」
「あなたが会いたいとわめいているkiriちゃんだっけ、その子とやっているホームページだって、はじめた一年目はシティ情報誌とか雑誌にもばんばん記事を載せてたじゃない。わたしもあなたが日経ネットナビでバカ面下げているのは買ったのよ」
 そう言うと女史は、日経ネットナビの「正しいGO AHEAD!!」の紹介でぼくの顔写真が載っているページを開いて見せました。ぼくですら、五年近く見ていないページでした。
 女史の旦那さんが「waくんは有名人なんだね」と上からの目線で言われます。「ええ」なんて言って、ぼくはどんな顔していいかわからず、曖昧に笑います。
「それがね、あなた、この雑誌五年前のだけど、このホームページもこのときがいちばん勢いがあって、あとは過疎化しているのよ。iwaくんは本当に勢いだけなんだから」
「言われてみると、そうです。すみません」
 完全にぼくは説教されているモードです。
 女史は急須にお湯を入れ、お茶をぼくの湯のみに注ぎ足しました。
「だから、iwaくんはこれからが大切なのよ。つまり、洗剤を買ってお得な気分になって満足していたら、絶対にダメ。君は電卓弾いたかもしれないけれど、洗剤買ったぐらいじゃ全然得してないのよ」
 洗剤を買ってお得な気分になっていたぼくは反論します。
「そんなこと先輩は言われますが、でも、ディッシュドロップなんか、普通の台所洗剤16本分が1380円と水道代でまかなえるんですよ。市販の洗剤が1本300円と考えても、3000円ぐらいは得しているじゃないですか! ハウスクリーナーなんか1030円で400本分作れるんですよ。12000円もお得なんですよ」
 女史はお茶を口に含みました。それから、「じゃあ、訊いていい?」とぼくに顔を向けました。
「iwaくんは、市販のガラスクリーナーとかどのくらいのスパンで買っていた? 台所洗剤も」
 ぼくは考えました。
「台所洗剤は月に一回ぐらいですかね。ガラスクリーナーは、うーん、それこそ夏と冬の大掃除のときぐらいでしょうか。不精者なもんで」
「そんなものでしょうね」
 女史は電卓を叩きます。
「つまり、iwaくんは台所洗剤は一年に十二本しか使わないわけね。ということは、ディッシュドロップは一年と四か月に一本でいいわけよ。そうでしょ。仮に市販の洗剤より3000円ディッシュドロップで得をしても、君は、一年と四か月かけて3000円しか純利が、しかも見えないお金であるだけなのよ。ハウスクリーナーならば、12000円の純利はあるように思うけれど、iwaくんの場合、400本使い切るのに200年かかる計算なのよ。これで12000円得したと言われても、たしかに得はしてるけど、どうかなあと思うんだよねえ」
 言われてみるとたしかにそうです。200年で12000円お得になっても、たぶんその頃のぼくは死んでいるでしょう。
 ぼくは棒で頭を殴られたぐらいの衝撃を受けていました。
 すると、腕を組んで女史の話を聞きながら何度も頷いていたご主人が口を開きました。
「だから、PVを溜めてボーナスを狙わないとお金にならないんだよ」
 PVとはアムウェイの成績別ボーナスのポイントのことです。
 PVは月末締めで、ひと月ごとに一万PV以上を溜めると、そのPV合計に基づくパーセンテージ分のボーナスが支払われる仕組みになっています。
 ちなみにわたしのこの時点でのPVは、2380−でボーナスがもらえる対象ではありませんでした。
 仮にディッシュドロップ1L入りだけで一万PV溜めるなら、ひと月に1380円のディッシュドロップを14本売らなければなりません。
 ぼくにはそこまで売る自信はありませんでした。
「でも、一万PVまで溜めるなんて、かなり売らないと大変じゃないですか」
 女史が頷きます。
「洗剤なんかじゃ底が知れているもんね」
 女史がそう言うと、女史とご主人が目を合わせました。
「だから」
 夫婦とはこういうものなんでしょう。二人の声が合いました。ご夫婦はミュージカルのハモリのように声をあわせて言いました。
「高額商品なのよ」
「なるほど!」

 ぼくはテーブルに手を叩きました。
 てなわけで、買ってしまいました浄水器(DC112350-/PV61730-)。
 11万2350円は、たしかに痛い出費でしたが、商品はすばらしく大満足です!
 その後、女史の家で、この浄水器のすごさの説明をされました。
 ぼくが圧倒されたのは、ハサミで切った昆布を、水道水とコンビニで売っている水とこの浄水器の水に入れて五分待ってみて、飲んでみるとこのアムウェイの浄水器の水だけが昆布の味のするんです。
 すげえ、これなら十一万払っても惜しくない、しかもPVが六万も付くならすごいお得じゃないかいと、即決で買ってしまいました。
 しかもこの浄水器を家に置いていれば、女史みたいに友達を家に呼んだときに、この浄水器のすごさを友達に紹介することもできます。
 友達が買ってくれれば買ってくれたでPVが溜まりますし、たしかにがんばればお金が溜まり、フレンチ行きの夢が叶うような気がしました。
 kiri、待って
ろよ!
 では、ここまでの集計です。

  出費
  ・会費  @8400-
  ・ディップドロップ @1380-
  ・ハウスクリーナー @1030-
  ・練り歯磨き @430-
  ・マウスウォッシュ @1470-
  ・浄水器 @112350-

  以上で @125060-

  利益
  ・獲得PV 64110 X 0.06 = 3846円 (9万PV以下は6パーセントがボーナスになるのが規定)
  ・ディップドロップ 約3000円(16か月)
  ・ハウスクリーナー 約12000円(200年)
  ・マウスウォッシュ 約2800円(11か月)

  以上で、@21464-(ただし、3846円以外は見えないお金)

  ※ちなみに福岡-フランス間の格安航空券は、タイ航空ならば59800円からあったりしますが……。
 とりあえず、今月のところは以上のような結果になりました。
 果たして格安ツアーでフランスに行ったほうが手っ取り早かったのか?
 それとも女史の言う通り、アムウェイでお金を溜めたらフランスにいけるのか?
 これは今後実験いたします。

 

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